動物園の餌やり体験で、大きな口を開けたカバの奥歯に芋のかすを発見したのでしょう。カバの口の中をまざまざと見ながら、自分の口の中を想像してしまったのかもしれません。これからは奥歯までちゃんと磨こう、と決心した「夏の雨」の動物園です。

俳句では「百」や「千」などの数は、数の多さを表すために使われる事もありますが、この句の「百」は文字通りの「百」。誇張ではなく、健康な歯で本当に百回噛んでいるのでしょう。美味しいお米の神に感謝しつつ、豊かな「秋」の実りを味わっています。

生えかわってくる大きな前歯とひよこ草とが取り合わせられました。ひよこ草は、はこべとも言われ、小さな素朴な花をつけます。ちょうど前歯の生え変わる可愛らしい頃と、日々歯を大切に磨いていこうという想いとが、季語とささやかに響き合っています。

チャレンジングな句で、ユニーク賞か特選かを迷いました。「拒絶」という言葉の響き、「噛む」というオチの動作もユニークで、嫌いな子の多い野菜であるピーマンの、色や形や匂いや味と、菓子との対比を面白く味わいました。季語のピーマンが動きません。

歯科医院のいすに仰向けになって待っていると、ふと窓に映る葉桜のかげが揺れているのを見つけたのでしょう。治療を待つ不安な心の動揺が、そのかげの揺れに重ねられて表現されています。かげのように、「ゆらゆらと」ゆれる心でいすの上で待っています。

抜けたままなかなか生えてこない弟の前歯と、学校から持って帰ってまだ咲いていないサルビアを取り合わせた一句です。今目の前にはありませんが、この後目にすることになる白い歯と、赤いサルビアの花と、色の対比も鮮やかで、美しく目に浮かびます。

グラグラしている歯を抜いた、という句はよく目にしますが、最後の一本の乳歯を抜かずに待ってみようというところにオリジナリティが生まれました。歯が抜けるまで我慢して「待つ」こと、「大暑」の暑さに耐えることの取り合わせが響き合っています。

「やさしくみがくおとなのは」という十二音に取り合わされるのは季語の「もも」です。桃を噛んだ時の歯にも優しく柔らかい感触が、まさに「おとなのは」を大切に「やさしくみがく」感触なのでしょう。ひらがなで書かれているのも内容に似合っています。

生えかけているのは親不知でしょうか。奥歯が生えてくる痛みと、猛暑の日の耐えがたい暑さと、二つの不快な感覚がリアルな取り合せを生んでいます。「痛い」とは一言も述べていませんが、季語「猛暑の日」が、辛い痛みを物語っているようです。

いつもは使っていない歯磨き粉をチューブから出した瞬間に、「フランス色」だと思った、そんな夏の朝が一句になりました。「青白赤」と色を言わないところにオリジナリティーが生まれました。国旗のはためく青空や太陽や白い雲まで見えてきそうです。

親不知に向かって「生えてくるな」と言う句はたくさんありましたが、「蛸喰らふ」との取り合わせは初めてで、可笑しみもあります。固い蛸の身をこれでもかと喰いながら、親不知に生えてくるなと願っているその心情が、痛々しいまでにリアルです。

夕焼けの名所「下灘駅」を想像しました。夏の海に来て、夕焼けを待っているのは恋人たちでしょうか。いや、一人、それとも、大勢の若者たちでしょうか。「ガム噛んで」が、テーマの「歯」だけでなく、様々な登場人物を想像させてくれる一句です。

「蝉時雨」の中で「怪しく光る」物は一体何だろう？　と好奇心をかきたてられる語順です。下五の「抜糸器具」が出てきた途端に、「怪しく光る」にこもっていた恐怖や不安がストレートに伝わってきました。激しい蝉の鳴き声が、背後に響いています。