羽賀さん一家の

元気ではぴか

第44回 その先に見えるもの
(先進医療編)

誰がために医療はある

文:飯尾秀人、絵:KOUJI
患者の利益を最優先する

<これまでのあらすじ>
羽賀(はが)さん一家は、四国のある街で仲良く暮らす大家族。お父さんの大二郎(だいじろう)さん、お母さんの浮江(うきえ)さん、結婚して妊娠中の長女加奈(かな)さん、高校生の二女唯(ゆい)さん、小学生の長男昭夫(あきお)くん、大二郎さんの両親の内蔵(ないぞう)さんと保志子(ほしこ)さんは、みんな歯に問題を抱えていました。羽賀さん夫婦はある日、歯科医の日真名先生(ひまなせんせい)に最先端の歯科医療の話を聞きました。患者にとって新しい医療とは?

現在、永久歯が抜けてしまった場合、入れ歯を入れるのが一般的ですが、自分の歯のように何でもおいしく食べるのは容易ではないでしょう。そのため、多少のリスクや費用が掛かっても、インプラントを望む人は増え、また『歯の再生医療』は将来の歯科の重要な命題であると日真名先生は考えています。

「もし目的の部位に必要な量の骨を再生できれば、インプラントが半永久的に使用可能になるどころか、歯周病で歯を失うこともなくなるかもしれませんね」

「でも先生、今おっしゃっている治療は治療費が掛かるんでしょ。トメさんの高級入れ歯でも値段を聞いて、びっくりしたんですから」

先生の言葉に保志子さんは、先ほどの内蔵さんのように寂しそうに答えました。

「確かに保険は使えませんから高価になるかもしれません。でも最近は、健康食品や美容器具に費用を惜しまない人もいるでしょう。それを考えれば、確かな理論に裏づけされた技術にどの位の価値を感じるかは、その人の健康に対する考え方で違ってくるのではないでしょうか。悪くならないようメンテナンスに少しずつ費用を掛けるか、悪くなってから多くの費用を嫌々掛けるか、それと同じようなことだと思います」

「最近、テレビで見たように、健康はプライスレスですものね」

「それに一つの技術は他にも利用できるものです。例えば、抜けた歯の代わりに自分の親知らずを使った『自家移植』は、現在保険に導入されていますし、そのノウハウはインプラントとあまり変わりがないのです」

「技術は少しずつ進歩していて、私達も少しずつその恩恵をこうむっているということですね」

内蔵さんも少し納得したのか、笑顔が戻ってきたようです。

「でも私達、歯科医師が忘れてならないのは、まず良い入れ歯を作る技術を磨くことです。そしてその上で、患者さんが望んだ場合にインプラントなど他の方法を選択していくことが大事だと思います」

「つまり、基本を大事にしなければならないし、選択権は患者にありということですね」

内蔵さんはさらなる笑顔でうなずきました。

生物が生命を維持して行くためには食は欠かせないものです。特に、人類の『食べる』という行為は文化として確立されているため、失った自分の歯にできるだけ似たものを欲するという行為は、自然の摂理かもしれません。

しかし、消費が美徳の時代ならともかく、不具合なら取り替えればいいという発想ではなく、今あるものをまず大切に使い、その上で次の試みに取り組むことが、これまでの経験を生かすうえで大事ではないでしょうか。

また、何より大切なことは、『患者さんが何を望んでいるか』を正確に知り、患者さんの利益を最優先する診療を行うことが医療に携わる者の役目であり、『未来の歯科医療』はその延長線上にしかあり得ないということです。羽賀さん夫妻は希望を胸に膨らませて、暖かい日差しを浴びながら家路につきました。


<はぴか情報>
歯の移植とは、歯を抜いたところへ、別の場所から(主に親知らずなど)歯を持ってくる方法です。現時点では他人の歯ではなく、自分の歯を利用する自家歯牙移植が用いられていますが、移植場所の骨の状態や移植予定の歯の状態などによって、うまくいくかどうか左右されます。(資料提供、愛媛県歯科医師会)